鈴木みのり『My Own Story』の坂本真綾による仮歌小咄

前書き

半年前の出来事だけれど、個人的に興味深い内容だったので記録に残しておく。文中で界隈のアーティストや役者に言及するが敬称は省略。いつも素敵な声や歌や演奏や楽曲を聴かせて貰って感謝してます。

2023年1月25日に発売された、鈴木みのりの3rd Album「fruitful spring」。そのリードトラックでもある『My Own Story』に関するちょっとしたエピソードである。

 

発端

ことの始まりは、北川勝利による以下のpost。氏について読者には説明不要だろう。稀に権利関係よくクリア出来たねって感心する映像とかpostしてるけれど、宣伝活動キッチリやってる所でバランス取れてるんだろうか。

流れてるボーカル音源に合わせて、ドラム、ギター、ベース、ピアノをレコーディングしている様子が映っているが、今回取り上げたいのはこのボーカル音源である。

ボーカルを聴きやすいように低音を削ったので、このトピックを初めて知ったという人はチェックしてみて欲しい。

 

ここでは坂本真綾鈴木みのりの関係性について深掘りしないが、本作は4曲目となる坂本真綾による歌詞提供曲で、鈴木みのりはアルバム発売に合わせたメディアのインタビューで、本作の仮歌が坂本真綾だったことを明かしている。

その絶妙なニュアンスを残して作ってくださったメロディが本当に素敵だったし、仮歌は真綾さんが歌っていたので、その歌声の綺麗さも相まって、感動でちょっとうるっとしました

鈴木みのり『fruitful spring』インタビュー――精一杯の自分らしさと少しのシャレ | USENの音楽情報サイト「encore(アンコール)」

 

そして、北川勝利と共作の多いacane_madderも上記postを引用RTする形で次のように言及している。

acane_madder on Twitter: "!!仮歌が真綾さんだ〜🎤そして演者の皆さまとエンジニア高須さんの 𝑮𝒓𝒆𝒂𝒕 𝒋𝒐𝒃…これが 𝑴𝒚 𝒐𝒘𝒏 𝒔𝒕𝒐𝒓𝒚…" / Twitter

 

クラスタの反応

楽器レコーディングの裏で薄く流れてるだけとはいえ、仮歌なんて基本的に世に出回らないレア音源なので、上記のpostを受けて一部のファンは色めき立った。

一方で、流れてる歌声が坂本真綾のものだとスンナリと思えない人達もいて、自分もその1人だった。

当時の感想はこんなである。

 

声優界隈にはダメ絶対音感なるワードもあるほどで、推しの声について一家言を持つ人は少なくない。自分が知らない声が推しのものだと言われたら、芸の多様性が増してるとポジティブに捉えることも無理ではないけれど、先ず悔しさの方が勝つ。

他の人にはどう聴こえているのか気になったので、坂本真綾ファンが多い自分のタイムラインでアンケートを募ってみたところ、結果は面白いくらい見事に真っ二つに割れた。

信頼のおける鈴木みのりファンにも尋ねてみても、「100%の自信はないけれど、鈴木みのりでは無い気がする。」という回答が返ってきたり、上記のアンケートに言及する形でacane_madderが再度坂本真綾ボーカルだと述べたりなど、己の耳への信頼感が揺らぐ中、事態は急転直下で解決となった。

 

ネタ晴らし

ここ数年、坂本真綾が新譜をリリースする度にゲストで出演している、ミュージックラインという番組がNHK FMにある。余談ではあるが、同番組パーソナリティの南波志帆は喋る声も歌う音楽もとても良いし、矢野フェスでの共演以後、坂本真綾のライブにも頻繁に足を運んでくれてる素敵な人である。要チェキ。

話を戻して、アンケートを取ってから約1週間後の2月7日に、鈴木みのりはアルバムの宣伝でミュージックラインに初めてゲスト出演した。初対面ながら共通の憧れの人について話す2人のトークは微笑ましいものがあるが、話題が仮歌へと及ぶと、鈴木みのりは次のように話した。

最初あがってきた仮歌のキーが今よりも少し低くて、なので途中からキーが上がって真綾さんの声がちょっと高くなった時に、元々の真綾さんの声を聴きたすぎて、自分の歌なのにキーが上がったことにちょっとモヤモヤするっていう。

 

なるほど、その手があったか…と腑に落ちた。早速、編集ソフトを弄って何パターンか試してみた結果、キーを2つ下げた次の音源が最も坂本真綾っぽく聴こえた。

 

実際の仮歌がどのキーで歌われていたかを知ることは、おそらくこの先の未来も無いだろうけれど、大事なのは納得感である。

少なくとも自分は、この2キー下げた音源を坂本真綾の仮歌だと聴かせられたら、そこに疑問を感じることはなかっただろう。

 

声の同一性

出来事としてはこれで全てである。歌手によって歌声が魅力的に響く音の高さは異なるので、レコーディング現場では仮歌のキーを変更して最適なラインを探るなんてのは日常茶飯事なのであろう。菅野よう子がキーを上げようとしてくるエピソードを何度か目にした記憶がある。

20年近く歌声を追いかけてきた人間でも、あるいは人間だからこそ、声が全音ズレてしまうだけで、同じ人間の声だと認識できなくなるのだから面白い話だ。

 

自分の中で声優という存在に関する原体験として、ポケモンにおいて林原めぐみがムサシとフシギダネの両方を演じていたことの驚きがある。何度も聴いているうちに両者に共通する響きがあることが何となく掴めてきて、その感覚を拡張することで林原めぐみの声の”色”というものが耳と脳に刻まれていった。

演技の声も歌声もきっと理屈は同じだろう。日常的に言語化をすることは無いけれども、リスナーは何かしらの”共通点”を聞き取って、響きのやや異なる歌声でも同じ歌手の声だと把握しているのである。

この”色”や”共通点”ていうのは、案外受け取るリスナーによってバラバラなのではないだろうか、というのが今の自分の関心事である。坂本真綾坂本真綾たらしめてる声は何なのか、いつか誰かお話してみませんか?