喜嶋先生の静かな世界

久々に読書タグ。中身のある感想でもないのだけれど、140字だと辛そうなのでこっちで書く。先に言い訳すると、通して1回読んだだけである。もっとちゃんと読み込んでから、中身がある感想を書くべき本だと感じるのだけれど今回は勘弁して頂きたい。あと、それなりにネタバレ含むので悪しからず。

きっかけ

喜嶋先生の静かな世界 (100周年書き下ろし)

喜嶋先生の静かな世界 (100周年書き下ろし)

独特な感性で色んな作品に日頃から言及してる人が、森博嗣の最高傑作だと読後に呟いてるのを見たので興味を持った。更に、別の人もこの本に心酔していて、この本の登場人物の名前から自分のHNを取ったという話もあったので期待して読み始めた。その期待は裏切られなかった。
森博嗣はそれなりに読み散らかしていて、このblogでも何度か感想は書いたことがある。けれど、森博嗣その人の言葉は殆ど読んだ事がなく、大学に籍を置きながら執筆活動をしていた程度のことしか知らないし、どの程度まで作品に思想を練りこんだり、登場人物に自分を投影したりするタイプなのかも存じ上げない。なので、あくまでも作品を通じて抱いた感想だということを前置きしておく。

大学モノ

この作品は大学で研究者になる男性が主人公の物語で、タイトルの喜嶋先生は主人公の指導教官である。必然的に話の舞台は大学の研究室なのだが、その点が何よりも自分にとっては読んでて楽しいことだった。自分が最初に森博嗣に触れたのは、かのSMシリーズの1作目『すべてがFになる』だったけれど、個人的にはミステリー要素よりも大学の研究室の雰囲気(特に理系)を味わえるのが同シリーズの魅力だったからだ。
自分は余りにも不真面目に大学生活を送ってた癖に、モラトリアムの引き伸ばしで院を受験した。当然のように落ちたけれど、それは誰にとっても幸せなことだったように思う。僕の中で森博嗣のイメージは犀川や橋場そのものなのだけれど、学問や研究の道はあのレベルまで没頭できる人が進めばいい。とても羨ましく思えるけれど、自分には過去に一度もそんな衝動は起きなかったのだから仕方がない。刺激が足りないか、不感症なのだろう。ま、自分語りはこれだけにしとこ。

研究者

次に面白いなと思ったのは喜嶋先生と主人公の対比。喜嶋先生はあえて助手のポジションに留まることで、研究活動に全ての勢力を注ぎ込める環境を維持してるように作中からは読み取れる。主人公が語るところによれば、研究活動と学内での昇進とは両立しないものらしい。昇進するに連れて、講座を持って教えたり、会議に出たりといった『雑事』が増えるからだ。主人公は喜嶋先生を素晴らしい研究者だと賞賛している。心酔と言ってもいいレベルだろう。
やがて主人公は就職し家庭も持ち、そういった雑事へと飲み込まれ、俗世間へと組み込まれていく。本人はその事をある程度ではあるが肯定的に捉えてるようでもある。一方で、喜嶋先生は助教授として招かれた大学を辞めてしまい、奥さんは自殺してしまい(ここらの女性絡みは言及が難しい)、音信が普通のまま巻末を迎える。それでも、主人公は研究者の理想像として喜嶋先生のことを崇拝し続けて作品は終わる。喜嶋先生という存在を森博嗣はどのように捉えてるんだろうか。僕には喜嶋先生というのは、研究者としての理想像だけど現実には存在し得ない、まるで虚像のように感じられた。
"きっかけ"で作品のみからの感想だと前置いたのもここがあるからで、沢村さんが自殺したらしいというあの短い1文が挟まる意味が僕にはそうとしか解釈出来なかった。この作品が橋場の名前を借りた森博嗣私小説的なものだと言うのなら、喜嶋先生みたいな人物が実際に居た可能性を考慮してもいいのだけれど、それを始めちゃうと収拾がつかなくなる。評論の対象となる価値のある一冊だと思うのだけれど、それを書く場はここではないので、浅薄な感想に留めるとする。

その他

割と書きやすかった2点だけ書いたけれど、他も面白い内容が幾つかあった。学問の道に足を踏み入れようとしてる人には是非読んでみて貰いたい。自分も10年前に読みたかったと少し思う。特に本編で長々と語られてたわけではないけれど、個人的に印象に残ったフレーズがあったので引用してみる

貧しい時代には一つだけだったけれど、今はもっと沢山を少しずつ経験して良いのではないか

偉いアダム・スミスさんが仰る分業のメリットだけれど、そこまでして大局的効率を追いかけても仕方ないんじゃないかい。と、偶に思う事があったので、この一文はシックリ来た。芸術やスポーツや技術や技の世界では極めないと到達できない世界もあるのだろうけれど、今の世の中そんなのとは無縁の場所もいっぱいあるんじゃないかしら。ま、働いてない俺が言っても何の説得力もねーけれどな。
ということで、感想めいたものを少し書いてみた。こんな中身の無い短文だけれど、かなり辛かった。リハビリコラム()が何の意味も無いのを再認識できただけマシだったか。
『喜嶋先生の静かな世界』そのものは文庫化されたら手元に置いて、時折読み返したい1冊でした。お終い。